2025年にユネスコ世界遺産に登録された、イタリア・サルデーニャ島のドームス・デ・ヤーナス(ドムス・デ・ジャナス)

世界遺産 ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウ サルデーニャ島の遺跡、教会、祭り

10月のことなのですが、旅行ガイドブック「地球の歩き方イタリア」の編集者の方をご案内させていただくという光栄な仕事依頼をお受けさせていただきました。

「地球の歩き方」の編集者の方はなんと、年に2回、イタリアに1か月ずついらして、イタリア各地を取材されているそうです。数年前に「地球の歩き方 イタリア」の編集者となられたとのことで、サルデーニャへいらしたのは初めて。前任の方が取材されているところではなく、新しいところ、特に、今年7月にユネスコ世界遺産となった、ドームス・デ・ヤーナス(ドムス・デ・ジャナス)を取材されたいとのことで、2か所ほど、事前に場所の指定がありました。かなりタイトなスケジュールでしたので、もし、もっと時間があれば、ご案内させていただきたかった、今年世界遺産になったドームス・デ・ヤーナスは、ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウ。数年前にこちらを初めて訪れてから、このドームス・デ・ヤーナスは、私が見た中では一番というおすすめのドームス・デ・ヤーナスです。こちらをご紹介させていただく前に、まずは、ドームス・デ・ヤーナスについて書きたいと思います。

ユネスコ世界遺産ドームス・デ・ヤーナス(ドムス・デ・ジャナス)とは?

ドームス・デ・ヤーナスは、直訳すると、「妖精の家」という意味ですが、ドームス・デ・ヤーナスとは、先史時代の紀元前5千年紀から紀元前3千年紀につくられた、墳墓で、サルデーニャの先史時代の葬送の伝統を示す文化遺産。

「サルデーニャの先史時代の葬送文化 ― ドームス・デ・ヤーナス(ドムス・デ・ジャナス)」は、
新石器時代中期から青銅器時代(紀元前5千年紀〜3千年紀) の間につくられた、17基の地下墓と地下墓地からなる世界遺産です。

ドームス・デ・ヤーナス(ドムス・デ・ジャナス)は、西地中海域における地下式葬送建築の最も広範かつ豊富な事例であり、島内には、約3,500基の地下墓群があり、そのうちの17基が、2025年7月、ユネスコの世界遺産に登録されました。

世界遺産となったドームス・デ・ヤーナスは17か所

サルデーニャにおよそ3500基あると言われているドームス・デ・ヤーナスのなかで、今年、2025年7月にユネスコ世界遺産となったドームス・デ・ヤーナスはそのうちの17か所のみ。以下が世界遺産となった17基です。

Necropoli di Anghelu Ruju(アルゲーロ)
Necropoli di Puttu Codinu(ヴィッラノーヴァ・モンテレオーネ)
Necropoli di Monte Siseri / S’Incantu(プティフィガーリ)
Necropoli di Mesu e Montes(オッシ)
Necropoli di Su Crucifissu Mannu(ポルト・トーレス)
Domus de Janas dell’Orto del Beneficio Parrocchiale(センノーリ)
Domus de Janas della Roccia dell’Elefante(カステルサルド)
Parco dei Petroglifi(ケレムレ)
Necropoli di Sant’Andrea Priu(ボノルヴァ)
Necropoli di Sa Pala Larga(ボノルヴァ)
Necropoli di Sos Forrighesos(アネラ)
Necropoli di Ispiluncas(セディロ)
Necropoli di Mandras / Mrandas(アルダウリ)
Necropoli di Brodu(オニフェリ)
Necropoli di Istevene(マモイアーダ)
Parco Archeologico di Pranu Mutteddu(ゴーニ)
Necropoli di Montessu(ヴィッラペルッチョ)

ただし、その17か所の中には、一般公開されていないものもあります。一般公開されていないというのは、正しい表現ではないかもしれません。と申しますのも、サルデーニャの多くの遺跡は、辺鄙な田舎や私有地にあり、未舗装道路を通っても、車で目の前まで行くのは不可能なところや藪の中を歩いて、やっとたどり着くような遺跡もあり、世界遺産となった17か所のドームス・デ・ヤーナスの中にも、たどり着くのが難しいものもいくつかあります。

公認ガイドおすすめドームス・デ・ヤーナス「ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウ」

17か所ある世界遺産のドームス・デ・ヤーナスのなかでも、最も大規模で、個人的には、最も驚いたドームス・デ・ヤーナスは、サルデーニャ中北部にあるネクロポリ・サン・アンドレア・プリウ。

ドムス・デ・ジャナス ドームス・デ・ヤーナス

ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウの特徴は、先史時代からローマ時代、中世の時代と時代の変遷とともに、用いられ方が変化していったこと。中世の時代にはキリスト教の岩窟教会として利用されており、当時の貴重な壁画が今も残されており見学することができます。そして、ドームス・デ・ヤーナスの中では、最大規模のものでもあります。

世界遺産のドムス・デ・ジャナス「ネクロポリ・サント・アンドレア・プリウ」イタリア・サルデーニャ

ドームス・デ・ヤーナスは、民間伝承では、小さな妖精「ヤーナス」が住む家だとも考えられていました。墓所ですが、内部には、家の屋根が彫られていたりと、住居を岩に彫刻してあるものもあり、小さな家のような様相もあるからです。住居を岩に彫刻してあるドームス・デ・ヤーナスはわずかなのですが、ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウでは、その彫刻を見ることができます。

ドームス・デ・ヤーナス ドムス・デ・ジャナス
まるで家のよう。6千年前にこのような彫刻がなされたことに、ただただ驚かされます。

天井には木の梁が彫られています。
床には、コッペッレと呼ばれる小さなくぼみがあります。これは、儀式に使われていたと推定されています。

コッペッレ

ローマ時代の女性の顔のフレスコ画。ローマ時代に埋葬された人、そして、フレスコ画を発注した人という説も。
ビザンティン時代にはこのフレスコ画は上塗りされ、隠されました。なぜなら異教のものだと考えられたからです。

サンタンドレア・プリウ

ローマ時代の終わり頃、この墓は引き続き葬送の場として使われ、繊細な表情を持つ一人の女性の肖像画が描かれました。その後、キリスト教化の時代には 礼拝所 として利用され、新約聖書の場面が描かれた壁画が残されています。これらの壁画は、サルデーニャの初期中世美術の中でも特に貴重なもの。

ドムス・デ・ジャナス ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウ

世界遺産ドムスデジャナス

世界遺産ドムスデヤナス

オクラ・ロッサは、死者の体や墓の一部をデコレーションしました。オクラ・ロッサの赤い色は、血、つまり生命、再生のシンボルと考えられていました。ネクロポリ・サンタンドレア・プリウ内部には、6千年前のオクラ・ロッサが残されており、見ることができるのも驚きです。

オクラ・ロッサ
6千年前のオクラ・ロッサ

ヌラーゲ文明が始まる以前の長い期間にわたり、これらの構造物には継続的な使用・掘削の痕跡、そして古い墓が再利用・改修されたりしたことが確認されています。
「ドムス・デ・ジャナス(妖精の家)」 と呼ばれるこれらの墓は、当時のサルデーニャに住んだ人々の、葬送儀礼、宗教的・霊的観念、社会の変化をよく表しています。
複雑な間取りや、象徴的な装飾、絵柄などが残されており、当時の人々が生者と死者の関係をどのようにとらえていたかがわかります。

ネクロポリ・サンタンドレア・プリウ 世界遺産

ぱっと見は、ただの岩なのですが、よく見ると、四角形の穴があるのがおわかりでしょうか。

ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウは、公共交通機関を用いて訪れるのには大変不便な場所にあり、車が必須なため、専用車を用いたご案内をアレンジいたします。日本語ガイド、専用車の手配のお問い合わせはこちら

オルビアからおよそ、100km。車でおよそ1時間15分
アルゲーロからおよそ、90km。車でおよそ1時間15分
カリアリからおよそ、190km。車でおよそ2時間15分

世界遺産 ネクロポリ・サンタンドレア・プリウ ドームス・デ・ヤーナス
上部にあるこの岩は、神聖な牛とも呼ばれている

この地域は、ローマ時代には非常に重要な交通の要所でした。
島の南のカリアリ(当時のカラレス)と、北の主要都市ポルト・トーレス(トゥッリス・リビソニス)を結ぶ大きな道路が通っており、さらにここからオルビアへ向かう分岐点もありました。

テルマエ跡 テルメ
ローマ時代のテルマエ跡

ネクロポリの隣にはローマ時代のテルマエ跡もわずかながら見ることができます。

聖アンドレア・プリウ 世界遺産 サルデーニャ

サルデーニャの遺跡で最もリクエストを頂くのが、1997年にユネスコ世界遺産となったヌラーゲ遺跡のス・ヌラージ。ドームス・デ・ヤーナスは2025年の今年に世界遺産となったため、まだ知っている方も少ないかと思われます。

ところで、はじめてサルデーニャを訪れたプロの編集の方に、サルデーニャの印象や魅力をお聞きしたところ、私と同じ見解であることが判明。おそらく、多くの日本人旅行者が好きなイタリア町歩きではなく、サルデーニャは、もっと、違うところに魅力があるのでは。。。というご感想でした。ネクロポリ・サン・アンドレア・プリウは、不思議なサルデーニャの歴史を体感できる場所なのではと思います。

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